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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)704号 判決

控訴人 厚木信用組合

右代表者代表理事 黒沼半平

右訴訟代理人弁護士 秦康雄

竹本裕美

被控訴人 内藤成子

右訴訟代理人弁護士 抜山勇

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

一  本件不動産がもと訴外曽我の所有であり、訴外曽我から訴外向陽住建がこれを買い受けたことは、当事者間に争いがない。そして、≪証拠≫によれば、被控訴人は、昭和五八年一二月二〇日に、訴外向陽住建から本件不動産を代金四七〇〇万円で買い受けたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。また、請求原因2の事実(本件不動産について、訴外望月が所有権移転登記を、控訴人が本件抵当権設定登記を、それぞれ経由していること)は、当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁1、2の成否(被控訴人が、訴外望月に対して本件不動産を信託的に譲渡し、或いは訴外望月名義でその所有権移転登記をすることに同意したかどうか)について、判断する。

1  ≪証拠≫によれば、次の各事実が認められ、≪証拠≫中、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして直ちに措信しがたく、他にこの認定に反する証拠はない。

(1)  訴外政則の父訴外政重が営業名義人となり、姉内藤照美がその内縁の夫と共に実質的には経営していた神奈川県厚木市内のレストラン「リオンドール」は、昭和五八年一〇月下旬ころ倒産状態となつた。そこで、同店開業のために訴外政重名義で金融機関から借り入れた債務約三〇〇〇万円と仕入先等に対する債務約一〇〇〇万円を整理することが必要となつたが、訴外政重は、当時既に脳萎縮症で寝たきりの状態であつたため、菓子職人であつた訴外政則とその妻被控訴人らが債務整理を行わざるをえないこととなつたが、同人らには全くその才覚がなかつたので、内藤照美の知人村上恵美子の夫であつた訴外若林がこのような事務に習熟していると聞いて同月末、同人にその債務整理を委任した(リオンドール倒産の事実及び訴外政則らが訴外若林に債務整理を委任した事実は当事者間に争いがない。)。

(2)  訴外若林は、債務整理のためには、前記借入金のために抵当権が設定されていた横浜市港北区日吉所在の共同住宅とその敷地及び訴外政重夫婦及び訴外政則夫婦が居住していた東京都大田区馬込所在の居宅とその敷地(いずれも訴外政重所有)の売却が必要である、転居先としては訴外若林の居住する厚木市方面が発展性があると説明して、訴外政則らの承諾を得た。

(3)  そして、訴外若林が買手を探して、同年一一月に右馬込の不動産が代金五七四四万円で、同年一二月に右日吉の不動産が代金四八六〇万円で、それぞれ売却された。一方、被控訴人は、訴外若林やこれら一連の不動産売買関係に協力して貰うために呼び寄せた神戸市内の不動産業者である訴外向陽住建から、転居先として、前記のとおり本件不動産を買い受けた。

2  ≪証拠≫中には、本件不動産買受け当時、被控訴人は丘商事有限会社の取締役であり、同社振出の約束手形五〇〇万円ほどがリオンドールの倒産に関連して不渡りになつていて、本件不動産の所有権移転登記を被控訴人名義で経由するとその債権者から差押えられる心配があつたので、被控訴人や訴外政則の要請で村上恵美子の母である訴外望月の名義で登記を経由したものであり、また、本件不動産を担保に金融機関から借り入れた資金で本件建物の一部を改築して訴外望月らが主体となり高級クラブを開業し、その収益でリオンドールの債務返済と訴外政重らの生活費を捻出することを計画し、訴外政則や被控訴人の了解を得ていたとの部分(以下これを一体として「若林供述」という。)がある。

そして、≪証拠≫によれば、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はなく、これら事実は、一応、若林供述の真実性を裏付けるかのようにも見える。

(1)  登記簿上は、訴外政則が丘商事有限会社の代表取締役、被控訴人及び訴外政重がその取締役とされているところ、同社はリオンドールの経営と直接の関係はないものの、リオンドールの店舗内装工事代金支払のために約五〇〇万円の約束手形ないし小切手を振り出しており、これが不渡りとなつていた。

(2)  訴外政則及び被控訴人は、昭和五九年二月一日に本件建物に転居していた。そして、本件建物の一部を取り壊してクラブ向きの店舗を建築することを訴外若林から受注した建築会社の担当者は、同月末ころ本件建物を検分して、居住者と面談し、また、同月末から三月にかけて、その改築工事を実施したが、居住者から何の工事かと説明を求められたことはあつたものの、工事の中止を強く要求されたことはなく、右工事は市役所からの中止命令があるまで継続された。

(3)  訴外政則は、本件建物に転居後に訴外若林が経営する菱冷設備に勤務することになつたが、本件工事が行われたことを知りながら、同年五月初旬ころまでその勤務を継続していた。

3  他方、≪証拠≫によれば、次の各事実が認められ、≪証拠≫中、この認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして直ちに措信しがたく、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  リオンドールの債務整理に関する相談の際、訴外政則ら内藤側は、当初前記馬込の不動産は売りたくない意向を示したが、訴外若林が債務整理上の必要や厚木市の将来の発展性を示して説得して、売却の方針を決定したものである。

(2)  そして、前記のとおり日吉の不動産の売却代金は四八六〇万円であつたから、抵当権者に対する弁済や居住者への立退料の支払を除いても、かなりの債務整理の原資ができたはずである。他方、馬込の不動産の売却代金は五七四四万円で、本件不動産の購入代金は四七〇〇万円であるから、税金や諸経費の負担を考慮すれば、この居住用不動産の買換えは、債務整理上、殆ど意味がなかつた。

(3)  その上、訴外若林は、日吉の不動産の売却代金のうち、抵当債務返済分と売却費用を除く殆どを手数料等の名目で自ら費消しており、また、本件不動産の買い受けについても、自ら呼び寄せた訴外向陽住建が三五〇〇万円で買い受けたものを、同じ日に被控訴人に四七〇〇万円で買わせたものであり、しかも、この居宅買換えによる差額の相当部分も手数料等として自ら費消している。そして、訴外若林は、訴外政則、被控訴人らに対し、債務整理の経過、結果について、何ら具体的な報告をしていない。

(4)  訴外向陽住建に対して本件不動産の残代金が支払われ、訴外望月名義の登記手続が菊池司法書士に委任されたのは、被控訴人らが前記馬込の居宅から本件不動産に引つ越した日と同日の昭和五九年二月一日であるが、これは当初同月三日に予定されていた引つ越しを、訴外若林が代金の支払や登記手続は任せてくれと言つて勧めた結果であり、このため訴外政則や被控訴人らの内藤側関係者は、右代金支払や登記委任に立ち会うことができなかつた。

(5)  訴外政則や被控訴人は、本件不動産の登記済権利証の引渡しを受けたことはなく、また、訴外若林ないし訴外望月との間で、本件不動産が被控訴人所有であることを確認する文書を取り交わしていない。

(6)  訴外若林は、同年二月二八日に、本件不動産に抵当権を設定して控訴人から訴外望月名義で二〇〇〇万円を借り受けているが、訴外政則と被控訴人はこれに全く関与しておらず、また、この借入金は、その一部が前記工事の資金となつたほかは、訴外若林ないし同望月により費消された。

(7)  訴外政則と被控訴人は、水商売の経験は全くなく、訴外若林からは本件建物で店をやる、そのための借入れをしなくてはならないという漠然とした話を聞いた程度であり、どんな店か、どこからどれだけ借り入れるかの相談を受けたことはなく、工事人から前記工事が訴外若林の発注によると聞いたものの、なかなか連絡のとれない訴外若林に事情を確認しているうちに時が経過してしまつた。

(8)  以上のような経過で訴外政則や被控訴人は、次第に訴外若林に対して不信感を抱くようになり、同年四月ころには弁護士にも相談して、同月二六日に訴外望月に対する本件不動産処分禁止仮処分決定を得たが、なお、訴外若林の様子を見守る意味もあつて、訴外政則は、菱冷設備勤務を継続した。

(9)  訴外若林は、前記仮処分執行後の同年五月四日、本件不動産に極度額三〇〇〇万円の根抵当権と賃借権とを設定させた。

(10)  訴外政則と被控訴人は、同月一一日、弁護士を代理人として、訴外若林が本件不動産の所有名義を無断で訴外望月にしたこと等を理由に厚木警察署に告訴し、また、被控訴人は、同月一六日に控訴人及び訴外望月を被告として、本件訴訟を提起した。訴外若林は、昭和六一年一二月一八日に至り、訴外望月名義で本件不動産の所有権移転登記をさせたことを公訴事実として、公正証書原本不実記載、同行使罪で横浜地方裁判所小田原支部に起訴され、右登記が被控訴人の同意によるとしてその犯情を争つたものの、昭和六二年六月一五日、懲役一年二月の実刑判決を受け、そのまま控訴をせずに確定させた。

4  右3で認定した各事実によれば、訴外若林が、債務整理の委任を受けたことを奇貨として、自分の利益を図る目的で、債務整理のためには不可欠ではない高額の不動産売買を行わせ、さらに、本件不動産を担保に借入れをし、しかも本件建物で訴外望月らにクラブを営業させようとしたものと推認され、その間、訴外政則や被控訴人は社会経験の乏しさなどによりすつかり訴外若林を信用しきつていたため、通常であれば明らかに不審に思うはずの訴外若林らの行為についても深い疑いをもたなかつたものと推認される。

したがつて、右3認定のような各事実があり、右のような推認が可能である以上、前記2で認定した各事実があつたからといつて、これが若林供述の真実性を裏付けるものとはいえない。

5  このように、若林供述は、これに反する≪証拠≫や右3認定の各事実に照らして、到底、措信しがたいといわざるをえない。そして、被控訴人が本件不動産を訴外望月に信託的に譲渡したこと、或いは被控訴人が本件不動産を訴外望月の名義で登記することに同意したことについては、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

6  なお、訴外政則らがリオンドールの債務整理を訴外若林に委任したことは前記のとおりであるが、≪証拠≫も、訴外政則らが訴外若林に対し、被控訴人のために取得した不動産を他人名義で登記することまでをも予め承諾していたことを証するに足りるものではなく、他に右事実を証するに足りる証拠はない。

三  したがつて、控訴人の抗弁は、その余の点を判断するまでもなく失当であり、被控訴人の本訴請求は理由がある。

よつて、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却する

(裁判長裁判官 友納治夫 裁判官 小林克已 河邉義典)

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